2008年05月17日

love jam world

お話をひとつ。

昔々。
とある男が、生まれて初めてできた恋人との付き合いにピリオドを打った時のお話。13ヶ月の歳月を簡単な「サヨナラ」で終わらせようとした男。やってくる別れの予感にうつむく彼女。
それは彼女からしてみると理不尽極まりない、男のワガママ以外の何物でもないサヨナラ。
そんな彼の心の中でずっと生き残っていくことになるのは、その時彼女が涙と笑顔の半々で言った一言。
「自分の好きなこと・信じたことに、まっすぐに生きていってね。今まで、ありがとう。」
シンプルな言葉の羅列。
しかし彼にとってそれは言葉以上の重みがあるのだった。
時の流れの中でも決して風化することのない一つの印象。
彼女の中でその瞬間というのは、おそらく「世界で一番アタシが不幸なのよ」と悲観的になってもおかしくないもののはず。
しかしそこで発せられた「ありがとう」。
彼女は、理不尽な男を「思いやる」ことで、結果的に、損なわれた自分を「思いやった」のかも知れない。
それは女の強さ、のようなもの?

往々にして女は男よりも強い、と思う(もちろん主にメンタルな部分)。
男女というものは決して平等ではないし、そうあるべきでないのかも知れない。(もちろん主にフィジカルな部分)。
男と女は、同じ人間にして違う動物であるからして、男が女の、もしくは女が男の、気持ちを理解しろというのは、動物に字を書けと言っているのと同様な場合だってあるのだ。

しかしずっと後になって彼の内面の成長とともに、彼の中の印象は、一つの花を咲かせることになる。
それは、
「苦難・逆境・絶望の中で、いかに自分以外の存在を思いやることができるか。」
「マイナスをプラスに変える縦の棒、つまりきっかけのようなものを自分の中に生み出せるか。」
というようなこと。
彼女が意図していたかどうかは彼にはわからないが、それはきっと俗に言う「女の勘」のような「天性の強さ」であったのかも知れない。
(もちろんそれを世の女性全てが持ち合わせているとは思わないが。)

それはきっと「人の器の大きさ」のようなものと置き換えられる類のものかも知れない。
男・女の枠をこえて、人として、大切なもの。
彼はそこで、彼女の偉大さを知ると同時に、「人との出会いや別れ」の中でしか得る事のできない真理のようなものに気付く。

要するに、そういう大切なものを、当たり前に大切にできる人間でありたい。と思う。
悲惨な事故や悲しい事件で溢れかえる現在、苦しいのはあなただけじゃない。
こういう時にこそ、隣人を思いやってあげたい。

な〜んちって。
てへ。
テヘラン。


posted by 成田翔一 at 18:49| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
深いですな・・・・
Posted by MTR at 2008年05月18日 18:48
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