2012年05月15日

ボンクラですみません。

友人に勧められた大槻ケンヂさんの著書が面白くて、暖かくて、とても良かった。
あぁ、自分も続けてきて良かったなって思えるような一節があったので、少し長いけど紹介したい。

ロックとは、おそらく音楽の神様とか、そのあたりのスゴイ存在が、「自分はこの先、どうなるのだろう?」と悩むボンクラ野郎の弱い心を、癒し、励まし、強く、優しいものに変えるために作ってくれた、宇宙の歴史始まって以来の画期的な発明なのである。差別なく若者の精神を支え、彼らに、夢を与え、友を作り、天空まで高くほうり投げてくれる。
ロックは必ず人を救う。だから逆に、ロックによって一度でも救われたことのある者は、この大発明に、”恩返し”をする義務がある。最も簡単な方法は、バンドを組み、自らもロックを奏でることだ。この大発明の素晴らしさを次世代のボンクラ野郎どもに伝道していくために。
悩めるボンクラどもは泡のように湧いて出て大変な数だから、ストリートよりはライブハウス、ライブハウスよりはホール、収容人数の多い場所でやった方が一度に大勢に布教できて手間ははぶけるだろう。ブームなんかがやって来たらそれに乗って絨毯爆撃を仕掛けるのも効率的だ。
でも大量伝道が必ずしも確実な方法とは言えない。その中に、君が本当に伝えたいたった一人が、たまたま居合わせない場合だってあるじゃないか。
つまり客の数とかCDの売上とかは、あんまり問題じゃないのだ。それを目的とすれば伝道の行為自体がやがて重荷になってしまう。ブームなんてものも、いずれ去っていくと最初から決まっている。
だから、君が自分のロックを本当に伝えるべき存在を、君自身が探してまわることの方が重要だ。他人はとやかく人のことを言いたがるけれど、気にすることはない。
長い旅だ。一生かかる。みつからない。いないのかもしれない。歌だけがある。わからなくなる。だけど、これだけはわかる。この旅には、いいことしかない。
いいことしかない。なぜか?
最初に戻る。ロックとは音楽の神様か誰かが、悩めるやつらの心を救うために作ってくれたモノスゴイ発明なのである。だから、それに出会った段階ですでに、人は、何があったって、「いいことしかないさ」との、絶対の幸運を予め約束されているのだ。



確かに音楽に限らず、一つのことをずっと続けていると色々な摩擦もあって擦り減ってしまうことも多いけれど、それでもきっとやめずに続けられるのは、やっぱりどこかでそれに助けられているからなんじゃないかな。

きっと人生みたいなものって、曲がり角や分かれ道だらけだし、時にはすごろくみたいに「何マス戻る」みたいなこともあるからさ、単純に考えると同じ道をブレずに真っ直ぐ歩き続けることって簡単じゃないはずだよな。それでも確かにいるんだよね、そういう人達って。
音楽なんてやらなくても普通に生きいける人はたくさんいると思うけど、それがなけりゃ生きていけないって人も中にはいるんだよな。

大槻ケンヂさんが言うように、一生かかって、探している物が見つからないこともあるかも知れないんだけど、それでもその過程にハッピーを見出せるのかもね。そういう人達は。

少し強引に繋げちゃうけどさ、今週末にある2本のライブには、この小さな街で、そういう風に人生っつ〜旅を迷子になりながらも楽しんでる、不器用で愛すべきロックンローラーが一同に会するわけ。
心に迷いを抱えてる人とか、なんだかウマクいかなくてムシャクシャしちゃう人とか、そういう人こそたまにはロックっていう「宇宙が始まって以来の画期的発明」を楽しみにくればいいかもね。
大袈裟な事は何もなくて、昼間っからビールでも飲みながらポケーっと音に身をまかせるだけでも、少しはサッパリできるかもしれないよ。出演者みんな、色んな物を削りながら表現してる愛すべき最高のボンクラ野郎どもばっかりだからね。

ボンクラでもいいじゃないの。それでも一生懸命生きてんだから。
MAG-NET、山ロック。
一緒に楽しもうぜ〜。








posted by 成田翔一 at 13:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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