2010年02月18日

ライフライン

つかの間ではあるが、ライフラインストップという貴重な経験をする。

成田家の水道がぶっ壊れ、業者に修繕に来てもらう。

朝起き、水を飲もうとすると水が、出ない。
工事中。水道が止まっているのだ。

これは不便だ。
飲み水は冷蔵庫にあったミネラルウォーター。
そして朝飯が作れない。米を炊けなければ、味噌汁も作れない。
食器も洗えない。
さすがに全てをミネラルウォーターで出来るほどのストックも、ない。
朝飯作りは断念。
電気ポットのお湯でとりあえずコーヒーを飲みつつ、考える。
歯を磨けない。毎朝の日課のシャワーが浴びられない。
歯は贅沢にミネラルウォーターで磨く。
シャワーは昨夜浴びたのでまぁヨシとしよう。
実はこれ、今日で二日目。昨日は愛用させてもらっているフットサルの施設にシャワーを借りに行くが、今日はそれよりも朝食に時間をとることを選ぼう。
朝飯を外食。なんだかシックリこない。
二日連続でヒゲを剃れなかったので若干浮浪者チックだが、それも仕方ない。

午前中、仕事前のひととき。
健全な生活を営むために、水はこんなにも必要不可欠なものなんだな。
再確認。

過去に、一年だけ大学というものに通ったことがある。
そこで俺は親元を離れ、初めて荒みきった生活というのを経験した。
親からの仕送りはほぼ酒代に。食費、生活費、家賃にまで手をつけて、朝から晩まで酒を飲み続けた。学校なんて行くわけもなく、ひたすら仲間と街を徘徊し、酒を飲み、家に引きこもっては酒を飲んだ。
電気・ガス・水道が止められるのなんて、当たり前。
真冬に電気も暖房もつかない部屋で、ロウソクの灯りでワインを飲んでいた時なんて、さすがに命の危険を感じた。
心も身体も荒みきり、水が出ないのなんてなんとも思わなかったのだろう。
これはこれで今思うと貴重な経験。

対照的に、現在。
まっとうな生活を営むうえで、ライフラインが一つでも欠けたとしたら、これはもう、大ごとになってしまう。

阪神大震災やハイチの大地震。
テレビの映像でしか目にすることはできないが、被災者の人達の苦労なんてのはもうハンパじゃないんだろうな。
だからというわけではないけど、当たり前にあると思いがちな資源に、感謝の気持ちを忘れてはいけないのだなと気付かされる。
貴重な経験。

水・電気・ガス。石油や木材なんかも、無限じゃないんだよね。
資源の枯渇が叫ばれ始めてもう長いけど、実際にこういう経験をしてみないと、リアリティってのは感じられないのかも。

当たり前に目の前にあるものに感謝しろっていう、教訓であると受け取る。

無いものをねだるまえに、新しいものを欲しがる前に、今、手にしているものを今一度確かめて、感謝してみようか。

「The Deepest Care」〜Last Days Of April〜


posted by 成田翔一 at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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