2011年03月20日

大震災によせて

お久しぶりです。

自分の立場や役割を考えた時に、いち早くこういった場で発言することによって誰かを少しでも勇気付けたり、励ましたりすることができたらいいのにと思ってはいたのですが、被害のあまりの甚大さに、なかなか考えを咀嚼することもできず、いまだ様々な想いを消化できないままでいます。
軽々しく、自分ごときが発言できることではないとも、思っています。

震災の日から、青森県も停電や余震の恐怖、ままならない燃料や食料に戸惑いを感じる中で生活を強いられています。
が、言ってしまえばこれくらいの事は、被害の大きい地域の人達の苦しみに比べると、たいしたことありません。
自分がガソリンや灯油、電気や水などを我慢することで、被災地の人々の助けになるのであれば、喜んで我慢します。

そして自分の身内でも数日家族と連絡がとれずに眠れぬ夜を過ごし、数日後、家が破壊されたこと、祖母が津波で亡くなったことを知らされた人もいます。
そしてまた、フットサル仲間の友人はいまだに妹さんと連絡がとれないままです。

こんな時。

自分に何ができて、何をすべきでないか。
何を発言すべきで、場合によってはどうやって沈黙を守るか。

非常に難しい判断であるのに変わりはありません。
日本中が初めて体験するような、大惨事だから。

しかしこんな時に限って目につくのは、人々の不安を煽るようなくだらないチェーンメールの蔓延や、真偽や出所のわからないネット上での情報。

インターネットや電子メールは、使い方次第ではこのような非常事態に大きな力を発揮するものだとは思いますが、匿名性や、誰でも気軽に発言できることによって、先程言ったようなデマや真偽の判りづらい情報が飛び交ったりもします。
それによって、本当に情報を必要とする被災地の方々や、その家族の方々が情報を手に入れられなくなることだって考えられます。

基本的に僕は人間を信じていますが、そういうくだらないことをする人間も、いるんです。

そしてその反面。
きっと、「募金しよう!」
とか、「物資を送ろう!」とか。

心ある人なら誰でも考えていることだと思います。
何か役に立てることがあったら、したい。
それはもちろん、そう思います。
実際に募金もしました。

けれど。
何事にもメリットとデメリットというものがあります。
光と陰があるんです。
(具体的に言うと、物資を個人的に積んで被災地へ赴いて、緊急車両などの通行を妨げることだったりそれらの車の分までガソリンを使ってしまったり。募金を装った詐欺だったり。特に後者は本当に許し難い)
特に今は、人の命がかかっているんです。
だからその気持ちをネットやメールなんかで無理に拡散しようとせず、自分でしっかりと考えた上で、信用できる情報を得て(某電力会社の対応とか政府の指導力に満足しているかと言うと??ですが)、冷静に行動するべきなんだと思います。


そしてしかし。
仲間が困っているとしたら、それを助けるのは当たり前。
だからこれに関してみんなの協力を募るの事ってのは決して間違ったことだとは思いません。
僕個人も、現地へと仕事用のトラック(救援物資を運ぶ緊急車両扱い)で向かう(連絡のとれない妹さんを捜しに)友人の物資集めにも、もちろん協力しました。


ただ、むやみやたらに「人助け」と銘打って被災地へ向かい、帰りの燃料を確保できずに、難民のようになった知人も数名、います。
そうなれば被災地で余計な人数分の電気やガス、燃料が消費されることになるんです。

しっかりとした準備と計画。
冷静な行動。
そして「待つこと」や「沈黙すること」も時に立派な行動のひとつのような気もします。

さっきも言ったように、何が正しいか、何がそうでないかは、非常に難しい問題です。
もちろん自分の言っていることが100%正しいなんて、間違っても言えません。
正義感や使命感で現地へ赴き、難民のようになった知人を、責めることもできません。
彼らの気持ちも痛いくらいわかるから。
正直、何が正解かなんてわからないままなんです。

ただ、だからこそ、こういう時だからこそ、個人個人がいつも以上に「考えて」行動することってのが、大切な気がします。

と、こんなことを言葉にしてみるものの、実際の自分はというと、己の無力さや、どこまで考えても壁にブチ当たる思考の渦に苛まれ、モヤモヤとしています。
正直、音楽に向かう気分にもなれないです。

もちろん、自分の生活の柱である「音楽」で、「自分にできること」を考えてはいます。

が、今はまだその時ではないと判断してもいます。
自分の出番はまだだ、と思っています。
チャリティーだなんだと言っても、出演するバンド、観に来るお客さんが最低限の自分の生活を取り戻した後でなければ、成り立ちません。
ガソリンがなければ遠方のお客さんは足を運ぶこともできないし、
臨時休業せざるをえないような職場に勤めている人はまず、音楽イベントへ足を運ぶ前に、明日の我が身の振り方、生活を考えるでしょう。


自己満足でチャリティーを企画して、結果を出せないくらいなら、多少偽善的でも、たくさんの人に知ってもらい、たくさんの寄付金を生み出せればとも考えております。
もちろん、音楽とお客さんには背を向けたり、嘘をついたり、しません。
自分の、自分達の信じたやり方で、先程も言ったように、冷静に、落ち着いて熟考した後に、行動へ移したいと考えています。

自分はまだまだ未熟な人間です。
自分の力がどれだけの被災者の役に立つかはわかりません。

けれど、その「行動」自体に、希望があるんだと思います。

そうだ。自分のことなんてどうでもいい。

敬愛するHEATWAVEの山口洋さんと細海魚さんが、弘前で演奏します。
以前から決まっていた公演ですが、本来4000円のチケット代を無料にし、飛行機で来弘し、なるべく現地で必要な機材を集め、なお且つ募金活動も行うようです。
彼らの音楽は、こんな時だからこそ、街へと響き渡るべき音楽です。
この街で音楽に関わる全ての人に聴いて欲しい。
さっき言ったように、ガソリンや仕事がままならない人もたくさんいると思いますが、可能な方には是非足を運んでもらいたいです。
節電のため、暖房を使わないらしいので、厚着してお出でください。

3/26(土) 弘前学院大学礼拝堂 18:00 OPEN 18:30 START

です。
詳しくは再度ここでアナウンスします。


長くなりました。
そしてなにかと矛盾の多い文章なのは自覚しています。
しかし、受け入れ難い現状と、まとまらない考えがいまだにグルグルと頭を巡っているのです。

究極のところを言ってしまえば、
「自分の家族が亡くなったり、行方不明」だったとして、なにもせずに黙っていられるか?
答えはNO。
周りの反対を押し切ってでも、走ってでも現地に向かうはず。
そんな人達の気持ちも理解できるから、何が正しい、何をするな、なんて偉そうなこと、自分は言えないんです。
けど、逆にこんな時だからこそ、なにもせずなるべく節電し、じっと耐える人間も必要なんじゃないか。
そんなことを表現したかったのです。
ウマク伝わっていればいいのですが。

相変わらずまとまらないままですが、このまま投稿します。




亡くなったたくさんの方々のご冥福をお祈りするとともに、今後、一つでも多くの命が助かり、被災された方の心の平穏が、一日も早く訪れますように。

こういった形でしか表現できない自分の無力さに、本当に脱力してしまいます。

本当に、本当に、たくさんの人の毎日がいい方向へ向かうよう、心から祈っています。



最後に。


僕はミュージシャンとして、「暗闇の中からしか見えない光」というものを心から、信じています。


posted by 成田翔一 at 01:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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