2008年03月01日

glad to see you

こんにちは。
昨夜は身内で竹内晃の誕生パーティを開きました。
集まるのは自分らにしてみればかなりの久しぶり。互いの近況やいつものバカ話、暑苦しい話ももちろん。当たり前に楽しい夜で、気付けば夜中なのでした。

久しぶりに本音で話せる人達と長時間話していて思ったのは、やはり人とのコミュニケーションはその人を成長させるものだなと。
言葉にしてしまえば簡単ですが十人十色というのは本当にそうで、人の数だけ考え方もあれば積み重ねてきた経験も違う。それぞれがそれぞれのカラー・個性を持っていて、だからこそ、面白い。
数人の人が集まって一つの議題を討論する。話の着地点が定まらずフラフラと飛行することもあるけど、信頼できる人達の意見や考えってのは本当に興味深いし、ためになる。そして尊重できる。
それらを受け入れて自分なりに咀嚼し、視野を広げる。自分の視点と他人の視点、全く違うものだし、それら両方からなにかを見るというのは決して簡単ではないけど、互いの妥協点を見つけられる人こそ「器」の大きい人物なのかなと。(それにしても妥協って言葉はあんまり前向きな響きがしないな。ここではあくまでポジティブな「妥協」。)
そういった意味で誰かとのコミュニケーションは成長の大きな糧になるのだと思います。

そういうことも含めて最近強く思うのは、「もっとたくさんの人とコミュニケーションしてみたい」という事。
チャンスさえあれば自分からできることですからね。挑戦してみよう。
他ジャンルの人であればあるほど、いいな。そしてもっとたくさんの視点を手に入れて、大きな男になろう。(少なくとも自分の図体に見合うくらいには・・・)
きっとそれにはたくさんの「許すこと」や「譲ること」や「受け入れること」が必要だし、今までの自分にとってそれは簡単な事じゃなかったんです。それはきっと「若さ」であり「青さ」だったんだろうなと思いますが、そろそろ次のステージへ進みたいですね。
最近拾ったいい言葉を紹介します。

〜異文化が共に生きようとしたら、「ちょっと低いところ」で落ち着くものなのだ。
それがイヤだ、そこが我慢できないと言っていたら、共に生きることは限りなく難しくなる。おおげさになるけど、おそらく、人間の歴史も「ちょっと低いところ」を延々と流れてきた大河のようなものだと思う〜

というもの。ピンときました。人は一人じゃ生きられません。絶対に。知らず知らずたくさんの人に支えられているんですよ。
そして「低くないところ」で本音をぶつけ合える人はごく少数でいいかな。
実際に少ないしね。
それら踏まえて思うのは、コミュニケーションの絶対数が多い人はやはり柔軟に物事に対応できる、器の大きい人物だなって感じますね。間違いなく。
一人で考えることはもちろん大切ですが、それを人にぶつけてみて初めて気付くことは大きいんだと思います。リフティングがウマイ人が必ずしも本当のサッカーの試合で使える選手とは限りません。微妙な例えだな・・・
言葉にしなければ活きないことというのは多いと思うんです。
再び引用ですが、建築家の青木淳さんの言葉。

〜自分がなにかを思ったのならば、思った内容を一回、言語化するべきですよね。「言語化した考えが正しいとすれば、こうなるのではないか?」
というふうに、言葉におきかえた時点で、初めて仮設を築ける。〜

これも頷けます。頭の中で考えて、いざ言葉にしてみた時に、意外と「思ったよりパワーないな」って感じること、ありません?
ちょっと話がずれてきたので戻しますが、自分の考えを人とぶつけ合って、尊重し合って、許し合って、譲り合って、受け入れ合う。
そんなナイスなコミュニケーションが多くできれば必ず自分の幅は広がるんだと思います。

人との会話、コミュニケーション、好きなんですよ。基本的に。いや、好きになったんですね。以前より。今日書いたような視点でコミュニケーションを捉えられるようになってから。

この日記読んでくれている最近会ってないあなた、たまには飲まないかい?

昨日は一人で芸術鑑賞の時間を増やそうとか言ってたのに・・・
いい加減な自分なのでありました。

では。
posted by 成田翔一 at 15:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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