2008年02月14日

input/output

こんにちは。
さて、本日も闘っております。独りで闘っております。
既存の曲を膨らませたりしぼめたり。引き伸ばしたり縮めたり。
投げては拾ったり、食べては吐き出したり。(なんのこっちゃ。)
イメージという目に見えない敵というのはなかなか手強いもの。妥協のない素晴らしいものを作りたいからこそ、自分をその敵と敢えて対峙させるわけです。
こうやって言ってしまえばカッコよく聞こえますが、要は想像力不足なわけです。

全くのゼロから物を生み出すことができるのは、天才or気違いどちらかのみだと考えます。
所以それらは俗にスレスレだと言われるのだと。
自分はそのどちらでもなく(特に後者ではないことを祈りたい)、まったく他人の思い浮かばないようなことを発明してしまうほどキレキレではないです。現に今も想像力の欠落に悩んでいます。涙
しかし、それでも素晴らしい音楽を生み出すことは出来ると思います。というよりは、出来ます。自信もあります。(根拠はありません)。
しかし、根拠までとはいかなくてもちょっと考えてみますね。

きっとそれはインプットとアウトプットを備えているからなのでは?。

数々の素晴らしい作品(音楽に限らず、想像力を掻き立てる全てのもの。映画・漫画・小説・美術品・偉人の名言、などなど)をインプットし、自分のフィルターを通して咀嚼する。
それらに自分の魂を込めてアウトプットすることが出来るのです。
なにか物を作る人達というのは全てそうなんではないでしょうか?
音楽を作る人はたくさんの音楽をインプットして、心を動かされて、そのパワーを源に音楽を創作する。物書きでもそうでしょうし、まあどんなジャンルでもそうでしょうね。
音楽を作る人が音楽を聴いたことがないなんて、好きな作品がないなんて考えられないですしね。(まあごく一部の天才or気違いはそうなのかもしれませんが・・・ただ、少なくとも世のアーティスト全てが天才だとは思えない!!)
そういうものたちをインプットし、少なからず影響を受けてその人の作品はアウトプットされるんですよね。

そう、だからきっと自分の自信というものは、出会ってきた数々の素晴らしい音楽、作品、それらから与えられたものであって、それらをインプットして感動できたことが、自分の自信のようなものに繋がっていくのでしょうね。
こういった類のことを言葉にして表現するのは簡単ではないですが、まあ、こういうことではないかなあ、と考えます。
少し言い方を変えれば、自分が素晴らしいものを作るという事は、影響を受けてきた作品やアーティストへの恩返しにもなると思うんです。
その点自分は、たくさんの素晴らしいアーティストの作品を聞いて・観て、影響を受けています。勇気をもらっているし、救われています。
だから、次は自分の番なんだって思います。
影響を受けてきたたくさんの音楽、その他作品、人物、出会い、別れ、悲しみ、喜び、苦しみ。(こりゃまさしく人の生きる道そのものだな)、これらをもう一度自分の中で確かめて、自分の、自分らの音を出していけたらな、と思います。
そういう意味で、根拠のない自信ばっかりがあるんでしょうね。たくさん感動してきたから。

あら、また暑苦しい事書いてる 笑 なんでいつもこうなんだろう。
きっとこれもどこかの誰かの影響かもな〜

まあ、生み出すことには苦しみが伴う、とはよく言われますが、素晴らしい作品の数々と無意識に比べちゃうんでしょうね、きっと。少なくとも自分の場合は。
だって、せっかくだから自分達の作ったもの、末永く残っていって欲しいじゃあないですか。

「人は誰も追い越せないし、追い越されることもない。」
人にはそれぞれの方法、道があるんでしょうね。
違う道を歩んでいるが故に、誰とも競争はできないんだと思います。
自分なりのいいものを作っていきますよ。

というわけで、今日も長ったるい文章、読んでくれてありがとう、お疲れ様。

では。
posted by 成田翔一 at 18:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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